ウクライナの首都キーウに電撃訪問している岸田文雄首相。
2023年3月23日、ゼレンスキー大統領に「必勝しゃもじ」を贈ることが報じられ話題になっています。
なんと!「必勝しゃもじ」は日露戦争が由来だったということが判明。
今回は岸田首相が贈った「必勝しゃもじ」の意味や由来について調査しました!
うまい棒の箱の中身は「必勝しゃもじ」
岸田文雄総理がウクライナの首都キーウに向かう途中、日本政府関係者が「うまい棒」の段ボール箱を電車に運び込む様子がNHKで流れ、話題になっていました。
ポーランド南東部プシェミシル駅からキーウ行きの電車に乗り換える時に「うまい棒」の箱が映っています!
完全に下の画像と同じ「うまい棒」(やきとり味)の箱ですね。
政府関係者によると中身は「うまい棒」ではなく、まさかの「必勝しゃもじ」でした!!
岸田首相が贈った「必勝しゃもじ」の特徴は
- 大きさは50cm
- 「必勝」「岸田文雄」の文字入り
だそうです。
岸田事務所にも「必勝」「岸田文雄」と書かれたしゃもじがあります。
大きさは違いますが、ウクライナに送るしゃもじはこの画像ようなイメージでしょう。
下記の画像が45cmのしゃもじの物なので、サイズ感はこれくらいです。
必勝しゃもじは、岸田文雄首相の地元である広島県の宮島の名産品です。
岸田首相は、ロシアと戦争をしているウクライナに対して勝てるよう応援の願いを込めて、地元の名産品のアピールにもなる「必勝しゃもじ」を贈ったんですね。
必勝しゃもじに込められた意味
必勝しゃもじには「敵を召し取る」という意味があります。
しゃもじはご飯をすくう道具ですよね。
それを
飯取る→召し取る
とダジャレのような感じで「敵を召し取る」という意味になりました。
敵を召し取るとかけて「勝運」「商運」「幸運」を招く縁起物とされるようになりました。
そのことから広島県宮島のしゃもじは学問・豊穣・繁栄・勝負事の願掛けとして大人気です!
とてもご利益がありそうですよね!
必勝しゃもじは日露戦争が由来だった
しゃもじを「敵を召し取る」縁起物として扱うようになったのは、日露戦争が由来と言われています。
日露戦争とは?
1904年(明治37年)〜1905年(明治38年)に渡って日本とロシアとの間で行われた戦争のことです。
約1年間の戦争で、莫大な費用をつぎ込んでいた日本とロシアは、だんだ戦争継続することが互いに難しくなり、ポーツマス条約が結ばれ1905年に日露戦争は終わりました。
勝ち負けはつかずに引き分けで終わっていますが、実質的には日本の勝利と言われています。
その日露戦争に向かう前の若者が「敵を召し取る」という縁起物のしゃもじを、神の島・宮島にある厳島神社に勝利を願って奉納していたのです。
若者たちは、戦争に向かう前に厳島神社に行き、千畳閣の柱に釘でしゃもじを打ち付けていました。
現在でいう絵馬を奉納するイメージですね。
現在も千畳閣の柱には当時の釘の跡が残っています。
アップしてみると、小さな釘の穴がたくさん見えます。
実質的に日本がロシアに勝利した日露戦争の時に「敵を召し取る」という願いを込め、奉納されていたしゃもじ。
岸田首相がゼレンスキー大統領に、どこまで深い意味を込めて必勝しゃもじを贈呈しているのかは分かりません。
- ロシアに「必勝」
- ロシアを召し取る
- 日本がロシアに勝った日露戦争が由来のしゃもじ
という要素を見ると、ロシア側からしたら煽られていると捉えられてもおかしくありません。
世間の声「ロシアを煽りすぎ」
岸田首相がウクライナのゼレンスキー大統領に贈った「必勝しゃもじ」にさまざまな声がありました。
最初はうまい棒の箱に「必勝しゃもじ」が入っていてびっくり!
必勝しゃもじの由来が日露戦争だったということを知って、さらに驚いた方が多かったです。
まとめ
今回は岸田首相がウクライナへの電撃訪問で贈呈する「必勝しゃもじ」の意味や由来を調査しました。
調査していくと必勝しゃもじは、日露戦争に行く前の若者が勝利を願って広島県宮島にある厳島神社に奉納していたことが由来でした。
ウクライナへ激励の意味を込めた「必勝しゃもじ」には「敵を召し取る」という意味があることが分かりました。
ロシアのプーチン大統領が「必勝しゃもじ」の由来や意味を知ったら・・・ちょっとヒヤヒヤしますね。
何事もないことを祈っています。
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